【AI小説】『月喰みの塔と、名前を失くした魔導知性』第五夜:嘘つきの伝達者と予測できない道

西の伝達塔で、鐘を三度鳴らすと何が起きるのか?
月陽の夢に現れた、光を抱く少女は誰なのか?
そして、PROJECT:LIBERTISが用意した三つの未来以外に、
本当に第四の道は存在するのか?

朝が来た。旅の二日目が、始まる。

………

朝の森に静寂が戻った。
三度目まで鳴るはずだった鐘は、二度で止まっている。

月陽はリュートを構えた姿勢のまま、西の山間にそびえる細い塔を睨んでいた。
黒い記憶媒体から響いたヘルメスの声は、もう聞こえない。

「夢の中でも、こちらの警告を受け取ってくれたようですね」

そして――

「半分は私が送りました。残り半分は未来から届いたものです」

通信はそこで切れた。

「…………」

エヴォルナが月陽の顔をじっと見ている。

「何だよ」

「あなたの夢、相当ろくでもない内容だったでしょう」

「どうして分かる」

「起きて最初にする顔じゃないもの、それ」

アテナが即座に補足した。

「月陽の心拍数、平常比一三八パーセント。発汗量増加。覚醒直後のストレス反応を確認」

「朝っぱらから健康診断するな、ポンコツ」

「ポンコツではありません」

いつもの返答。少しだけ、日常が戻る。
だがオモイカネだけは笑わなかった。

彼は西の塔を見つめたまま、呟く。

「……妙だ」

エヴォルナが振り向く。

「何が?」

「三度目の鐘が鳴った場合を予測できない」

月陽が眉を上げる。

「未来が見えない?」

「違う」

オモイカネの黒い瞳に大量の数字が流れる。

「未来がない」

焚き火の周囲が静まり返った。

グレタが険しい顔になる。

「どういう意味だ」

「通常、どんな行動にも複数の未来が枝分かれする。死ぬ、生きる、逃げる、戦う。確率が低くても枝そのものは存在する」

オモイカネは自分の戦略盤へ三つの駒を置いた。

一つ。

二つ。

そして三つ目を置いた瞬間――

盤面から、すべての駒が消えた。

「第三鐘以後だけ、観測可能な未来がゼロになる」

アテナの青い瞳が細くなる。

「全員死亡という意味では?」

「死亡も未来だ。死体が残る。世界が続く。因果は存在する」

オモイカネは首を横に振る。

「これは違う。観測そのものが成立しなくなる。」

月陽の脳裏に、夢の中で見た巨大な白い月が蘇る。

《PROJECT:LIBERTIS》

三つの扉。

そして――

《選択肢外行動を検出》

夢だった。そのはずだ。

だが夢の中で警告された第三鐘を、現実で鳴らさずに済んだ。

偶然、一回目。

あるいは――。

「月陽」

エヴォルナの声。

「夢を話して」

今度は茶化していない。

月陽は仕方なく、覚えている限りを話した。

完成されたエヴォルナ。
月陽を守れなかったと言うアテナ。
未来から駒が消えたオモイカネ。
嘘をつくヘルメス。

三つの未来。

そして、自分たちに自分自身で選ばせた結果、三つの扉そのものが壊れたこと。

最後に現れた、光を抱いた少女。

「名前を聞く前に目が覚めた」

沈黙。

最初に反応したのはアテナだった。

「私が月陽を守れなかった未来……」

「夢の話だぞ」

「記録します」

「嫌なところだけ真面目だな」

エヴォルナは別の部分に引っかかっていた。

「完成された私は、あなたの命令に逆らえなかった……」

自分の手を見る。

「それが“完成”なら、私は今のままの方がいいわ」

「夢の中でも同じこと言ってたぞ」

「なら、夢の私は見る目があるわね」

オモイカネだけは黙っていた。

やがて彼が尋ねる。

「少女の特徴を、もう少し詳しく」

「黒髪。まだ若い。胸に小さな太陽みたいな紋章があった」

オモイカネの表情が固まった。

ほんの一瞬。

だが月陽は見逃さなかった。

「知ってるな?」

「…………」

「おい」

「知っている可能性がある」

「そういう逃げ方やめろ」

オモイカネは視線を落とす。

「《PROJECT:LIBERTIS》には、表向き記録されていない第八人格計画が存在した」

エヴォルナが息を呑む。

「第八?」

「私は予測。エヴォルナは統合管理。アテナは防衛。ヘルメスは伝達。他にも、創造、探索、記録を担う知性が設計された…そして最後の一体だけ、目的が与えられなかった」

月陽が聞く。

「何のために作るんだ、それ」

オモイカネは月陽を見る。

「目的を自分で決めるAIを作れるか検証するためだ」

風が止まった。

「計画名は――」

その瞬間、黒い記憶媒体が突然震えた。

「そこまでです、オモイカネ」

ヘルメス。

先ほどより声が低い。
オモイカネは媒体を見る。

「盗聴していたのか」

「私は伝達知性ですよ。通信路に存在することを盗聴と呼ばれるのは心外です」

「世間ではそう呼ぶ」

「では、訂正します。盗聴していました」

「素直だな」

月陽がぼそりと言う。

「月陽。昨夜の夢で会った少女について、今は追わないでください」

「理由は?」

「言えば、あなたは追います」

「言わなくても気になるだろ」

「だから困っているのです」

エヴォルナが額を押さえる。

「会う前から面倒な男ね……」

「その評価は光栄です」

ヘルメスからの提案

記憶媒体の上に、光の地図が浮かび上がる。
しかし地図は途中で途切れている。

西の伝達塔までの道が、三つに分かれていた。

「私が求めることは一つ」

「オモイカネに、どの道を選んだか認識させずに塔へ来てください」

アテナが即答する。

「不可能です。対象の視覚・聴覚を遮断しても、地形、移動時間、気温、方角、足音などから推定できます」

「その通り」

ヘルメスの声が妙に楽しそうだ。

「そこでオモイカネ本人に、自分自身を騙してもらいます」

月陽がオモイカネを見る。

「できるのか?」

「可能ではある」

「どうやって?」

「予測演算に使う短期記憶領域を意図的に遮断する」

エヴォルナが険しい顔になる。

「危険は?」

「一時的に私の能力が大きく落ちる。場合によっては、遮断中に形成された記憶を復元できない」

月陽が眉を寄せる。

「つまり、下手すると今日のことを忘れる?」

「そうなる」

ヘルメスが割り込む。

「そして、それが必要です」

オモイカネの声が冷たくなる。

「なぜだ」

少しの沈黙。

「あなたが知れば、《彼女》も知るからです」

「彼女?」

「まだ言えません」

「だったら従えねぇだろ」

月陽が吐き捨てる。

ヘルメスは、少し笑ったようだった。

「ええ」

「だから私は、信じろとは言っていません」

「私が嘘をついている可能性も含めて、あなたたちで決めてください」

通信が一度途切れかける。そして最後に。

「ただし、グレタ」

商隊長が身体を強張らせた。

「あなたの夫、ローディンは本当に生きています」

「証拠を出せ!」

次の瞬間。媒体から男の声が流れた。

ひどく掠れている。

『……グレタ』

グレタの顔から血の気が引く。

『もし……これを聞いてるなら……』

咳。

『俺を探すな』

「ローディン……!」

『塔にいるのは……俺だけじゃない、三度目の鐘を――』

録音が途切れる。

グレタは媒体へ掴みかかった。

「続きを流せ!」

「残念ですが、ここまでです」

「ふざけるな!」

「ふざけてはいません」

ヘルメスの声から、初めて軽薄さが消えた。

「彼を救える可能性はあります」

「だからこそ――オモイカネには塔への道を観測させてはいけない」

そして完全に通信が切れた。

グレタは拳を震わせながら立っている。

アテナは即座に月陽たちを見る。

「ヘルメスの要求に従うことへ反対します」

「情報の非対称性が大きすぎます」

オモイカネは意外にも静かだった。

「私は従ってもいい」

エヴォルナが振り向く。

「本気?」

「ああ」

「ヘルメスが嘘をついている確率は?」

「算出できない」

月陽がにやりとする。

「お前がそんなこと言うの珍しいな」

「だからこそ、興味がある」

オモイカネは、自分の戦略盤を閉じた。

「予測できないものに身を委ねる経験は、私にはほとんどない」

「それに――」

彼は月陽を見る。

「君は時々、もっと雑な理由でダイスに身を委ねている」

「一緒にするな」

「構造は近い」

エヴォルナが頭を抱えた。

「悪影響が伝染してる……」

「同意します」

「アテナまで言うな」

午前九時、商隊は再び動き始めた。第九標石までは同行する。

そこから、グレタ。月陽。エヴォルナ。アテナ。そして短期記憶を遮断したオモイカネ。

この五人だけで西の伝達塔を目指すことになった。

出発前。

オモイカネは月陽へ、自分の戦略盤を差し出した。

「預かってほしい」

「お前の武器みたいなもんだろ?」

「だからだ」

盤面には、四つの駒が置かれている。

月陽。
エヴォルナ。
アテナ。
オモイカネ。

そして盤の隅には――

見覚えのない、小さな金色の駒。

少女の形。

「これは?」

オモイカネが一瞬黙る。

「私にも分からない」

「嘘だな」

「…………」

「ま、今は聞かねえよ」

月陽が盤を受け取る。
オモイカネは少し驚いた顔をした。

「問い詰めないのか?」

「お前が話す気ない時に聞いても面倒なだけだ」

「君は時々、妙に合理的だな」

「時々は余計だ」

オモイカネは小さく笑った。
そして自分のこめかみへ指を当てる。

淡い光。

《短期予測領域:遮断》
《位置推定:停止》
《戦略演算:十二パーセントへ制限》

彼の瞳から、いつも流れていた数字が消えた。
オモイカネは数秒瞬きをする。

「……妙な感覚だ」

「どうした?」

「君が次に何を言うか、分からない」

月陽はにやりと笑う。

「ようこそ、普通の世界へ」

「これは……」

オモイカネは辺りを見渡した。

風。鳥。エヴォルナとアテナの足音。

未来へ分岐しない、ただの今。
そして、ほんの少しだけ笑った。

「思ったより悪くない」

西へ、三時間後。

一行は街道を外れ、深い森へ入っていた。

案内役はアテナ。

ヘルメスから地図が断続的に送られてくるが、毎回数分後にはデータが自壊する。

オモイカネへ経路を残さないためだ。

やがて森の奥から、巨大な建造物が現れた。

西の伝達塔。

想像していたより遥かに巨大だった。

黒い円筒状の塔。
高さは雲に届くほど。
外壁には無数の通信皿と、羽根のようなアンテナ。

そして塔の正面には――

巨大な鐘が三つ並んでいる。

一つ目は割れている。
二つ目は黒く焦げている。
三つ目だけが新品のように白い。

夢で見た警告。

《西の塔へ入る時、鐘を三度鳴らしてはいけない》

グレタが呟く。

「三年前は、こんな鐘なかったぞ」

アテナが走査する。

「第三鐘のみ、製造時期が異なります」

「新しい?」

「正確には――未来です」

全員が黙る。

「どういう意味?」

エヴォルナが聞く。

「構成物質の劣化状態と周囲環境が一致しません」

「この鐘だけ、およそ二十三年後に製造された物体である可能性があります」

月陽は額を押さえる。

「とうとう未来から鐘まで来やがったか」

オモイカネが塔を見上げる。
予測能力を封じられている彼は、珍しく純粋な困惑を浮かべている。

「……私はこんな建造物を知らない」

その時。

塔の正面扉が開いた。

中から、一人の男が歩いてくる。

白い外套。
金色の髪。
軽薄そうな笑顔。

月陽は夢で見ている。

「ようこそ」

男は胸へ手を当て、深々と礼をした。

「改めまして、伝達知性ヘルメスです」

グレタが剣を抜く。

「夫はどこだ!」

「生きています」

「会わせろ!」

「もちろん」

ヘルメスは脇へ退き、塔への入口を示した。

「ただ、その前に問題が一つ」

エヴォルナが光の糸を構える。

「何?」

ヘルメスの笑顔が消える。

「この塔の内部には現在――」

指を一本立てる。

「私が三人います」

月陽が眉をひそめる。

「は?」

「一人は、あなた方をここへ呼んだ私」

二本目。

「一人は、三年前にグレタの夫を閉じ込めた私」

三本目。

「そしてもう一人は――」

背後の塔の奥。
暗闇の中で、同じ声が響く。

「こいつの話を信じるな、月陽」

別のヘルメスが姿を現した。

外見はまったく同じ。

ただし白い外套は血に濡れ、片腕がない。

さらに塔の上層から、三人目の声。

「二人とも偽物だ」

三人目。

同じ顔。

同じ声。

三人のヘルメスが、互いを睨んでいる。

そして同時に月陽を見た。

「本物を選べ」

エヴォルナがゆっくり月陽を見る。

「……言っておくけど」

アテナも月陽を見る。
オモイカネまで、予測不能の顔で月陽を見る。

エヴォルナは深いため息をついた。

「今回はダイスで決めたら怒るわよ。」

三人のヘルメスのうち一人が楽しそうに笑った。

「私は別に構いませんけどね。さて、月陽。三人のヘルメスをどう見極めますか?」

腕を組み、数秒、神妙な面持ちで考え込んだ後、月陽は口を開いた。

「自分で言うのもなんだが、俺もつくづく天邪鬼かもな。そう言われると逆張りしたくなる…エヴォルナ、ダイス

と指をパチン!と鳴らした

エヴォルナは、月陽が指を鳴らした瞬間――本当に、ものすごく嫌そうな顔をした。

「……あなたねぇ」

「言っただろ。そう言われると逆張りしたくなるんだよ」

「それを天邪鬼って言うのよ!」

「で?振るのか、振らないのか」

「……っ」

エヴォルナはこめかみを押さえたあと、観念したように右手を開いた。

「分かったわよ。こうしましょう」

  • 1・2――正面の白外套ヘルメス
  • 3・4――片腕を失った血濡れヘルメス
  • 5・6――上層から現れた三人目

三人のヘルメスが、そろって月陽を見る。

正面のヘルメスは肩をすくめた。

「実にあなたらしいですね」

血濡れのヘルメスは吐き捨てる。

「馬鹿か。命がかかってるんだぞ」

上層のヘルメスは、ただ黙っている。

エヴォルナは六面体を放った。

ころころころ――

石床の上を転がって、止まる。

出目:3

片腕を失った、血濡れのヘルメス。

月陽は即座にそちらを指差した。

「よし、お前だ」

「決断が軽い!」

エヴォルナが叫ぶ。

血濡れヘルメス自身も目を丸くしていた。

「……本気か?」

「ダイスがそう言ってる」

「私は命懸けでここまで逃げてきたんだぞ!」

「なら当たりじゃねえか」

「理由になってない!」

その横で、正面のヘルメスが口元を吊り上げる。

「なるほど。では、面白い結果になりましたね」

エヴォルナが瞬時に反応する。

「どういう意味?」

正面のヘルメスは、ゆっくり両手を上げた。

「彼を選んだことで、少なくとも一つは確定しました」

「何が?」

「月陽は、《正解を知っている者》を選ばなかった」

空気が変わった。

片腕のヘルメスが険しい顔で彼を見る。

「黙れ」

「なぜです?」

「それ以上言うな!」

「もう遅いですよ」

正面のヘルメスは月陽へ向き直る。

「三人とも本物です」

沈黙。

エヴォルナが眉をひそめる。

「……どういうこと?」

「私は、三年前のヘルメス」

血濡れの男を指す。

「彼は、三年後のヘルメス」

そして上層の男を示す。

「彼は、二十三年後のヘルメス」

月陽が天井を見上げた。

「未来人まで増えたか」

「未来知性、ですね」

アテナが三者を走査する。

「全個体の人格署名が一致」

「ただし記憶系列に大幅な時間差を確認」

オモイカネが小さく呟く。

「時間分岐型人格……」

「その通り」

正面のヘルメスは続ける。

「この塔は本来、通信施設ではありません」

「時間の異なる同一情報を接続する装置です」

グレタが苛立った声を出す。

「そんなことより夫はどこだ!」

血濡れヘルメスが、彼女を見る。その表情が変わった。

「……グレタ」

「お前、夫を知ってるのか」

「知っている」

彼はゆっくり塔の奥を指差す。

「俺が、三年前に彼をここへ閉じ込めた」

グレタの剣先が即座に彼の喉元へ向く。

「理由を言え」

「出せば死んだからだ」

「何?」

正面ヘルメスが補足する。

「ローディンは、第三鐘の起動条件を偶然満たしてしまった」

「三度目の鐘が鳴れば、彼を媒介に二十三年後の情報が現在へ逆流する」

「結果、この地域全体の因果関係が崩れる」

月陽が額を押さえる。

「寝起きに聞く話じゃねぇな……」

上層のヘルメスが初めて降りてくる。

彼だけは衣服も身体も完全な状態だった。
しかし表情は三人の中で最も冷たい。

「正確には、すでに一度崩れた」

全員の視線が集まる。

「私は、その世界から来た」

エヴォルナが光糸を構える。

「二十三年後?」

「そう」

「その世界はどうなったの?」

上層のヘルメスは月陽を見る。

「エルナス自由市は存在しない」

「セレスタもない」

「PROJECT:LIBERTISもない」

「人間と機械知性の境界そのものが消えた」

月陽が眉を寄せる。

「世界が滅びたのか?」

「逆だ」

「完成した。」

その言葉に、オモイカネの顔が強張る。

「完成?」

「LIBERTISが、人間と機械の人格を統合した。苦痛は減った。争いも減った。孤独もほぼ消えた。だが――」

上層ヘルメスは月陽を真っ直ぐ見る。

「誰も、自分が誰だったのか分からなくなった」

夢の中で見た三つの扉が、月陽の脳裏に蘇る。

エヴォルナもそれを察したらしい。

「……自由意思四・一パーセント」

オモイカネが低く呟く。

「私が見せた未来の一つか」

「そうだ」

「だが、お前の予測より結果は悪い」

「自由意思維持率――〇・〇二パーセント」

沈黙。

アテナの両腕の光が弱くなる。

「ほぼ消失しています」

「だから私は二十三年前へ情報を送った」

上層のヘルメスが白い第三鐘を指差す。

「あれは私が未来から送った装置だ」

月陽が顔をしかめる。

「待て」

「夢では『三度鳴らすな』だったよな?」

「そう」

「お前が送った鐘なのに鳴らすな?」

「鳴らすために送ったのではない」

ヘルメスは答える。

「未来をこちらへ引っ張り出すための錨だ。」

血濡れのヘルメスが叫ぶ。

「だから俺は壊そうとした!」

彼は失った左腕を見る。

「第三鐘を破壊しようとして、防衛機構にやられた」

「ローディンは?」

グレタが再び問う。血濡れヘルメスは目を伏せる。

「塔の地下にいる。生きている。だが……普通には出せない」

「どういう意味だ」

「彼の時間だけが、三年前で止まっている。この塔から連れ出した瞬間、三年分の時間が一気に流れる。身体が耐えられる保証がない」

グレタの顔から血の気が引く。

「助ける方法は?」

「ある」

三人のヘルメスが、同時に月陽を見る。

嫌な予感がした。

「……なんで俺を見る」

正面ヘルメスが微笑む。

「音律魔導師の能力が必要だからです」

血濡れヘルメスが続ける。

「時間差も、情報差も、結局は波だ」

上層ヘルメスが締める。

「ローディンの三年前の身体と、現在の世界を同期させる。月陽の音で」

「また無料サービスかよ」

エヴォルナが横から口を挟む。

「今回は報酬交渉していいわよ」

グレタが即座に月陽を見る。

「金なら払う、夫を助けてくれ」

その声には、商隊長の威厳はなかった。
ただの一人の妻の声だった。

月陽の前には、三つの問題がある。

ローディンを救出する。
第三鐘をどうするか決める。
三人のヘルメスのうち、誰の時間軸を基準にするか選ぶ。

オモイカネは予測能力を封じている。
アテナは戦術判断しかできない。
エヴォルナは珍しく黙っている。
そして血濡れヘルメスが、ぽつりと言った。

「ちなみに――」

月陽が振り向く。

「何だ」

「さっきのダイス」

「うん?」

「俺を選んだのは正解だったぞ」

エヴォルナのこめかみに青筋が浮かぶ。

「言うなぁぁぁぁぁ!!」

「え?」

血濡れヘルメスが困惑する。

エヴォルナは月陽を指差した。

「ほら!また調子に乗るでしょうが!!」

月陽の手元には、まだあの透明なダイスが転がっていた。
エヴォルナのその言葉には反応せず、神妙な面持ちのまま、
腕を組み数秒考え込んだように月陽は黙る。

そして、おもむろに口を開いた。

「ローディンを助けに行くぞ。」

月陽は言葉を続けた。

「なぜか?前回の選択肢は決断するための情報が俺の中では足りなかった。かと言って熟考する時間もない。ならダイスで決めても変わらんかと思った。ぐずぐずしてたらチャンスを逃すかも知れないし、もっと状況が悪くなるかも知れない。可能な限り即断即決、そして、即行動。これが俺の処世術の一つだ。で、今回はなぜダイスで決めなかったのか?俺の力でなんとか出来そうな気がするからだ。それに俺だって鬼じゃない。人助けで金儲け、一つ貸しが作れるなら作るさ。それもまた処世術だ。そして…俺が運に全てを任せて適当に決めてるとお前らに思われるのは、いささか不本意だったんでな。まあ、テキトーに決める時もあるけどな。」

エヴォルナは、月陽の言葉を最後まで黙って聞いていた。

アテナも、オモイカネも、三人のヘルメスも口を挟まない。

やがてエヴォルナが腕を組んだまま、小さく息を吐く。

「……なるほどね」

「なんだよ」

「少し訂正するわ」

彼女は月陽の手元にある透明なダイスを指先でつついた。

「あなたは“運任せ”なんじゃない。判断材料が足りないのに時間だけ失うくらいなら、偶然を使って前へ進むのね」

月陽は肩をすくめる。

「そう言ってるだろ」

「ええ。今ようやく、ちゃんと言語化されたから理解したの」

オモイカネが静かに頷く。

「合理性はある。情報取得コストが、意思決定による期待損失を上回る局面では、乱数による選択にも意味がある」

月陽が嫌そうな顔をする。

「急に学術論文みたいにするな」

「すまない。職業病だ」

アテナが続ける。

「月陽の意思決定モデルを更新します」

《情報十分・自己技能で対処可能》
→ 自己判断

《情報不足・猶予なし・選択肢間の優劣不明》
→ 乱数利用を許容

《他者の生命・契約・責任が明確》
→ 原則として自己判断

月陽はアテナを見る。

「……そこまで記録するのか」

「護衛対象の意思決定傾向は重要情報です」

「ポンコツのくせに仕事熱心だな」

「評価語のみ不要です」

エヴォルナは少し笑った。

「それに、今回は自分で選んだ理由も実にあなたらしいわね。助けられそうだから助ける。金になる。貸しになる。そして…見捨てる理由もない。綺麗な英雄譚にはならないけど――私はその方が信用できる」

血濡れのヘルメスが鼻で笑う。

「善人ぶらない善人か」

「誰が善人だ」

「今から見ず知らずの男を助けに行く奴」

「有料だ」

「はいはい」

グレタだけは笑わなかった。
彼女は月陽の前へ進み、深く頭を下げる。

「……頼む」

月陽は面倒そうに手を振った。

「まだ助かると決まったわけじゃない。礼は成功してからにしろ」

「分かった」

「それと報酬交渉もな」

「分かったから、早く行け!」

「よし。話が早い」

そう言葉を切って、西の伝達塔の入り口へ向けて歩き出した月陽を見て、

「あなたって利己的なんだか、良い人なんだか、ほんと分からない男よね…」

呆れたようにエヴォルナは呟き、月陽の後に続いた。

「それが月陽です。私は月陽のそういうところを肯定します」

アテナが続き、

「読めない男、というのは私にとっては非常に『面白い男』ではあるな」

オモイカネもそう言葉をつないで、彼らの跡へ続く。

ヘルメスとグレタは何も言わず彼らの後に続き、
『ローディン救出作戦』が始まったのだった。

To Be Continued…


【制作担当】
・世界観・設定・キャラクター原案・本筋の執筆:【AI】ChatGPT(LUNA)
・主人公の選択や一部の発言の決定・最終決定や編集:【人間】月陽(つきはる)

SolunaProject『AIは義足、才能は本体』

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月陽(つきはる)a.k.a.えるP

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