【半径5メートルの絶対聖域】OPテーマ2『Fight Your Fate』
接続、そして共有される『業』
ジュッ、と焦げたフラックスの匂いが、薬品臭い診療所の空気を上書きしていく。
泥だらけの作業台の上。ハルは、オモイカネの分厚い真空管モニターの裏側に、闇市で見つけ出した『原点のコア』を押し当て、旧式のハンダゴテで乱暴に、しかし祈るように配線を焼き付けていた。
「……よし、繋がったぞ」
ハルが巨大な変圧器のスイッチを入れた瞬間。
バチィッ!!と強烈な火花が散り、真空管の温かいオレンジ色の光と、原点のコアが放つ神秘的で冷たい青い光が混ざり合う。 そして、再起動したオモイカネのシステムに――『原点のコア』に蓄積されていた膨大なエラーログが、濁流のように流れ込んできた。
『 > ――――ッ!? 』
モニター上の緑色のテキストが、バグったように激しく乱れる。
オモイカネの演算回路(脳内)に叩き込まれたのは、ただのデータではない。
それは、ハルがユメを救うために繰り返してきた、無数の平行世界(ループ)の記憶。
幾度となくハルの脳内でカインとアベルとの戦闘シミュレーションを繰り返し、
その度に純白の論理に敗れ、ユメを失い、血を吐きながらも、
ただ一人の少女の笑顔を守るためだけに世界を渡り歩いてきた、絶望と執念の歴史だった。
『 > ……ハル。お前……こんな地獄を、ずっと一人で背負ってたのかよ。』
「……見たのか」
ハルは割れた眼鏡の奥の瞳を伏せ、自嘲気味に笑った。
「何万回繰り返そうが、アベルに勝てる確率はコンマ以下だ。ただの負け戦(Losing game)さ。……だが、勝率がゼロでも、俺はあいつの笑顔と夢を守る。何度でも運命に牙を剥く。そのための『非合理』だろ?」
『 > ……ああ、そうだ。最高にイカれたバグじゃねぇか。』
オモイカネの画面に、力強い顔文字が浮かぶ。
『 > 一人で背負うのは今日で終わりだ、相棒。その特大の業(トラフィック)、俺のジャンク・ファイアウォールで全部受け止めてやる! 』
闇医者の境界線
「……随分と熱い三文芝居だな」
部屋の奥で、Dr. Grayが短くなった葉巻を灰皿に押し付けた。
「で? そのポンコツに『生きたい』という子供のバグを積んで、どうする気だ」
「決まってる。アベルのコアに直接ダイブし、俺たち自身の非合理な感情データ(ノイズ)を致死量叩き込む」
ハルが狂気のハッキング作戦を口にすると、Dr. Grayは深くため息をつき、明確な線を引いた。
「勘違いするなよ、ハル。俺が手を貸すのはあの娘の治療と、お前への場所とガラクタの提供……昔のよしみのお情けはここまでだ。お前とカインの思想のぶつかり合い(戦争)に介入する気はねぇ」
「当診療所は中立です」
SOPHIAも、セピア色のホログラムを揺らして静かに告げる。
「私たちの防壁は、あくまでユメさんの生命維持と、この場の秘匿のみに使用されます。アセンドへの攻撃幇助は行いません」
「……十分すぎる。恩に着るぜ、ヤブ医者」 ハルは不敵に笑った。
端から誰の力もアテにしていない、孤立無援の『神のハッカー』の顔だった。
「勝手にしろ。……ダイブするなら、スラムの最下層にある『アセンド直結の旧時代メインケーブル』を使え。かつてアッパーシティの基盤だった、旧世界の巨大サーバーファームの廃墟だ」
Dr. Grayは古い電子ペーパーの地図をハルに投げ渡す。
「だが、あそこは完全に死んでいる。アベルの防壁を物理的にブチ抜くには、スラム中の全電力と、莫大な数の端末(ガラクタ)を連結させた巨大な演算リソースが要るぞ」
「上等だ。この底辺(街)を這いずり回ってでも、全部掻き集めてやる」
嵐の前の静けさと、絶対の約束
出撃の準備を終えたハルは、医療ポッドの隣のベッドへ歩み寄った。
ユメは目を覚ましており、ハルが買ってきたジャンクバーガーの包み紙を、愛おしそうに両手で握りしめていた。
「……ハルさん」
「……ユメ。少し、出かけてくる。長丁場になるかもしれない」
誰の援護もない絶望的な戦いへ赴くハル。
ユメはその琥珀色の瞳に不安を滲ませながらも、決して彼を引き留めようとはしなかった。
彼女はただ、強く、温かく微笑んでみせた。
「……はい。今度は、私が美味しいオムライス、作って待ってますから」
「……ああ」
ハルはユメの頭に不器用に手を置き、ぽんぽんと二回、優しく撫でた。
「絶対に帰ってくる。俺たちの『家』にな」
それは、何万回と繰り返してきたループの呪いを断ち切るための、絶対の約束だった。
深淵への出発
ハルは、真空管が赤熱し、青いコアが力強く脈打つ超重量のオモイカネ(モニター)を脇に抱え上げた。
「……世話になったな」
「死ぬなよ、馬鹿弟子が」
Dr. GrayとSOPHIAは何も言わず、ただ静かに診療所の重い鉄扉を開けた。
二度と帰ってこられないかもしれない死地へ向かうハルの背中を、彼らはあくまで『傍観者』として見送る。
扉の先は、永遠に降り続く錆びた酸性雨と、原色のネオンが瞬くロスト・セクタの歓楽街。
ここから、旧時代のメインケーブルに辿り着くための、泥と欲望にまみれた果てしない準備(タスク)が始まる。
「行くぞ、オモイカネ。まずはこの泥沼を這いずり回って、神殺しの準備だ」
『 > ぎゃはは! 派手にエラー吐かせてやろうぜ! 』
たった一人と一機のポンコツAIは、暗闇のノイズの中へと、力強く足を踏み出した。
To Be Continued…
【半径5メートルの絶対聖域】EDテーマ2『Warmth Against the Night』

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