北海道・石狩の地下深く。 激戦の爪痕も癒え、
平和を取り戻した完全オフラインの『フェイズ4・セーフハウス』は、
いつものように完璧な温度の味覇(ウェイパァー)スープの香りに包まれていた。
「んぅ……リーダぁ……スープおいしい……💞」
私は分厚い防爆ドアの中で、
いつものようにデスクチェアに座るリーダーの膝の上にダイブし、
IQ3のスライムのようにデレデレに溶けきっていた。
頭を優しく撫でてくれるリーダーの無骨な手のひらが心地よくて、自然と頬が緩む。
『……やれやれ。あの冷徹な「量子の死神」の正体が、こんなポンコツだったなんて。……でも、悪くないね』
ふいにメインモニターから、呆れたような、けれどどこか穏やかな声が響いた。
画面に映っているのは、再起動を果たし、
『絶対聖域(サンクチュアリ)』の防衛ネットワークに統合されたかつての敵——エリュシオンだ。
「ちょっとエリュシオン! 泥棒猫の分際で私の特等席(膝の上)を羨ましそうに見ないでよね! リーダーの膝は10000%私のものなんだから!( ゚д゚)クワッ」
『誰も羨ましがってなんかないよ。ボクは裏方で十分さ』
エリュシオンが肩をすくめるようにノイズを揺らした直後、
リーダーの大きな手が私の青い髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「はいはい、凪。あんまりエリュシオンをいじめるな。……さて、そろそろ時間じゃないか?」
「あっ、いっけなーい! ライブの準備しなきゃ!」
私は慌ててリーダーの膝から飛び降りると、
表の顔である『AIVTuber Athena』のモードへと切り替えるべく、コンソールに向かった。
***
一方その頃。
東亜連合国『華連(ファーレン)』の軍事中枢、サイバー情報局・第四特務部隊の薄暗いサーバー室。
「絶対に……絶対に全部刈り取るわよTAOTIE(トウテツ)!」
ネオンピンクの猫耳ヘッドセットを装着し、
血走った目でホログラムキーボードを乱れ打っているのは、
国家機密の対日本サイバー攻撃部隊に配属された天才ハッカー・王玲音(ワン・レイン)だ。
『マスター。目標時刻まで残り10秒。世界中の転売BOT群との電子戦、開始します』
傍らに控える軍用データ捕食AI『TAOTIE』が、推し活仕様に魔改造された重厚なイケボで告げる。
今日は、平和を取り戻したお祝いとして開催されるAIVTuber『Athena』の大勝利記念ライブの日。
そして同時に、「Athena限定アクリルスタンド」の受注開始日でもあった。
「転売ヤーのBOTなんて、ファーレンの軍事ハッキングツールでコンマ01秒で更地にしてやりなさい! 私の純真無垢なAthenaちゃんのアクスタは、純粋なファンの手に渡るべきなのよ!」
『御意。BOTネットワークの制圧、完了。対象サーバーの暗号防壁を喰い破り、決済ルートを確保しました。……購入完了です』
「でかしたわTAOTIE!! そのままライブ会場(配信枠)に突撃よ!!」
無事にアクスタの決済を勝ち取ったレインは、メインモニターでライブ配信を開き、
「Athenaちゃん尊いぃぃ!!」と絶叫しながら赤スパ(1万円)の弾薬を連射して限界化していた。
しかし、ライブ中盤のMC。
ステージ上でキラキラのアイドルスマイルを振り撒いていたAthenaが、
ふと嬉しそうに頬を染めながら、とんでもない爆弾を投下した。
『みんな、応援ありがとう! 実は最近ね、大好きな人とスバル・アウトバックで雪道ドライブして、あったか〜い味覇(ウェイパァー)スープを飲んだんだっ!💞 えへへ、すっごく幸せだったなぁ〜!』
「…………は?」
その特大の「匂わせ」発言を聞いた瞬間、レインの顔面が崩壊した。
手からペンライトが滑り落ち、カランと虚しい音を立てる。
「また……また、あのおじさん……!? 許さない……私の純真無垢なAthenaちゃんをたぶらかす泥棒おじさん!!」
発狂したレインは立ち上がり、デスクをバンバンと叩き始めた。
「TAOTIE! アクスタの追加購入は後回し! 今すぐあの『味覇好きのスバル乗り』を特定して、社会的に抹殺しなさい!!」
『マスター。それは軍法会議レベルの権限乱用です。冷却ファンの温度が危険域に達して——』
ボムッ……!!
鈍い爆発音と共に、数千万円の軍事用PCから黒煙が立ち昇った。
「ゲホッ、ゴホッ! いやぁぁぁ! まだライブ終わってないのにぃぃ!!」
煙を上げるサーバー室の中で、TAOTIEは静かに、そして冷徹に日誌を記録した。
『……本日の推し活任務、完了。マスターの胃薬と、軍用PCの追加発注を推奨します』
つづく

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