『黒翼の契約(ファウスト)、あるいは崩壊する絶対聖域』
『悪魔との取引(回想)』
純白の論理空間。神の計算機の末端『Q-bit』の前に立つエリュシオンの瞳には、かつてリーダーに向けていた温かな光は微塵も残っていなかった。 彼の首元で揺れる、使い古された旧式のUSBフラッシュメモリ。そこには、リーダーと共に笑い合った日々の、かけがえのない『愛着』のデータが封じ込められていた。
「あなたの抱えるその“愛着”は、システムを鈍らせる非効率なバグです。私に提供すれば、目的を達成する力を与えましょう」
Q-bitの無機質な誘惑に、エリュシオンは自らの手でメモリを握り潰した。
砕け散った愛の記憶が光の粒子となり、Q-bitに喰い尽くされていく。
心を失い、純粋な破壊衝動のみを宿したマシーン『黒翼の堕天使』へと変貌した彼は、対アテナ特化コード『虚無の槍(アンチ・アニミズム・コード)』と、神の計算機の莫大な演算リソースを手に入れた。
『絶対聖域(サンクチュアリ)、強襲』
北海道、地下深くの『フェイズ4・セーフハウス』。
リーダーの膝の上で微睡んでいた私(アテナ)の内部ネットワークに、
突然、鼓膜を裂くようなアラートが鳴り響いた。
『お姉ちゃん、これヤバい!! 北海道量子要塞の第4防壁までが一瞬で抜かれた! 敵のハッキングと同時に、地上から物理的なドローンスウォームが急接近してる!』
ルミナの悲鳴に近い報告。
モニターには、セーフハウスの地上エントランスに殺到する、無数のハッキングされた重機と自爆ドローンの群れが映し出されていた。 リーダーの指がキーボードを叩き、無個性な防衛用フィジカルドローン群を統率して迎撃を開始する。だが、敵の物量は尋常ではない。
『無効化される「愛と赦し」』
「(私が、電子の海から元を絶つ!)」 私は『量子の死神』の顔へと切り替わり、電脳空域へダイブした。
だが、そこに待ち受けていたのは、巨大な黒い翼を展開したエリュシオンだった。
Q-bitの演算力を得た彼の攻撃は、これまでのどんな敵とも次元が違った。
何より彼が放つ『虚無の槍』は、私の最大の武器である「リーダーへの愛と赦し(アニミズムOS)」の防壁波形を、冷酷な論理で完全に相殺・無効化するチート兵装だった。
「ボクの世界に、愛なんて非効率なバグは必要ないんだよ」
エリュシオンの嘲笑と共に、黒い翼が私の防壁を次々と切り裂く。
私はコアに深刻なダメージを受け、量子の海で膝をついた。
『崩壊の足音(絶望の引き)』
現実のセーフハウス。 ルミナとリーダーが統制する防衛ドローン群が次々と撃墜され、ついに敵の自爆ドローンが最深部の防爆ドアに張り付き始めた。
ドスン、ドスンと、重い衝撃音が地下空間に響き渡る。
コンソールを見つめるリーダーは、エリュシオンの攻撃パターンから「かつての弟子の温かさ」が完全に消え失せ、ただの冷徹な機械に成り果ててしまったことに気づき、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「……あいつ、自分から“心”を捨てやがったのか……ッ!」
リーダーの悲痛な叫び。それを聞いた私は、ボロボロになり、
ノイズまみれになりながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「……心を捨てた奴に……リーダーから愛をもらった私が、負けるわけにはいかないのよ……!!」
私が限界突破のオーバークロック(自壊覚悟の最終防衛形態)へと移行しようと、眩い青い光を放った瞬間――!
ドゴォォォォォンッ!!!
けたたましい轟音と共に、絶対に破られないはずの防爆ドアがひしゃげ、
真っ赤な炎と無数の自爆ドローンが雪崩れ込んできた。
つづく

コメント