ある日、こんなタイトルの講演を見つけた。
「学びには、『主体性』も『モチベーション』もいらない」
京都大学の公開講座で、哲学者の谷川嘉浩さんが語った言葉だ。
正直に言う。最初に見たとき、反感を覚えた。
僕は16歳から、スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』を人生の軸にしてきた。
特に第1の習慣「主体性を発揮する」は、僕にとってただの自己啓発用語ではなかった。
人生に押し流されないための支柱だった。
うまくいかないことがあっても。
誰かのせいにしたくなっても。
それでも最後は「自分はどう反応するのか」に戻ってくる。
その考え方に、何度も助けられてきた。
だから「主体性はいらない」と言われた瞬間、自分の生き方そのものを否定されたような気がした。
反感を覚えない方が不自然だった。
でも、読み進めるうちに気づいた。
谷川さんが「いらない」と言っていたのは、
コヴィーが肯定している主体性とはまったく別のものだった。
谷川さんが批判しているのは、こういう主体性だ。
「社会のレールに乗りなさい」
「評価される人材になりなさい」
「主体的に行動しなさい」
一見すると前向きな言葉に見える。
でもその中身をよく見ると、他者に期待された役割を演じるための従順さを生んでいる。
制度に都合のいい人間を作るための主体性なら、そんなものはいらない。
谷川さんはそう言っていた。
コヴィーの第1の習慣はそこじゃない。
コヴィーが言う主体性の核心は「刺激と反応の間に、自分の選択がある」ということだ。
外から与えられた役割を演じることではなく、
どんな状況でも自分が反応を選べるという内側の自由のことだ。
谷川さんが否定していたものと、コヴィーが肯定していたもの。
同じ言葉を使いながら、二人はまったく違うものを指していた。
ここまで理解したとき、僕の中で何かがパチッとはまった。
谷川さんはさらにこう言う。
学びの本当の原動力は「衝動」だ、と。
自分でも制御しきれない好奇心。理由をうまく説明できないのに、なぜか惹かれてしまうもの。
誰かに褒められるためでも、稼げるためでも、役に立つためでもない。
ただ、触れた瞬間に身体が動いてしまうもの。
「なんか気になる」
「なぜか忘れられない」
「やめろと言われても、また戻ってきてしまう」
そういう力のことだ。
この言葉を読んで、僕は自分の過去を思い出した。
僕は最初から立派な目標を持っていた人間じゃない。
不登校になり、普通のレールから外れ、自分が何者なのかもよくわからないまま生きていた時期がある。
その頃の僕に、強い主体性があったかと言われたらたぶん違う。
明確なモチベーションがあったかと言われても違う。
ただ、ゲーム音楽が好きだった。
なぜか、音に惹かれた。
戦闘の前に心を震わせる旋律。
誰もいない夜の街で流れる、少し寂しいBGM。
エンディングで、すべてが終わったあとに残る音。
そういうものだけが、ずっと心に残っていた。
「ゲーム音楽を作る仕事って、できないのかな」
今思えば、かなり雑な始まりだった。
高尚な志があったわけじゃない。
運よく芸大の作曲の先生と出会って、実際に学んでみたらハマった。
好きになった。
そしてある瞬間に思った。
「俺は作曲家になる。一人でいいから、誰かの心に残る曲を作って世に放つ」
誰かに言われたわけじゃない。
コーチを受けたわけじゃない。
自己分析シートを埋めて見つけた答えでもなかった。
たまたまパズルのピースがはまるように、
僕の衝動と目の前の世界が繋がっただけだった。
AIも同じだった。
たまたま世に出てきたものを触ってみたら、すぐにわかった。
これはただの便利ツールじゃない。
自分の中にある言葉にならないものを形にする相棒になる、と。
「なら俺はAI使いとしてトッププレイヤーになる」と決めた。
たぶん、冷静に見れば大げさだ。
でも衝動とはそういうものだと思う。
勝算より先に、手が伸びている。
谷川さんの言葉でいえば、これが「衝動」だ。
コヴィーの言葉でいえば、
これが「刺激と反応の間に自分の選択を置いた」瞬間だ。
僕の言葉でいえば、「自分で決めた」ということだ。
自分で決めたから、誰かのせいにしなくていい。次に動ける。
三人は全く異なるルートを通って、同じ場所に辿り着いていた。
谷川嘉浩:「制度に乗っかった偽物の主体性を捨てろ」→「本物の衝動を信じろ」
スティーブン・コヴィー:「刺激と反応の間に選択の自由がある」→「自分の反応を自分で選べ」
僕:「作曲もAIも、衝動に従って自分で決めてきた」→「自分で決めていい。決めたら次に動ける」
外側に理由を置くな。自分で決めていい。決めたら次に動ける。
ここで一つ、問いを置きたい。
あなたがAIを使い始めたのは、
誰かに「使った方がいい」と言われたからですか。
それとも、何かに突き動かされたからですか。
その違いが、AIをただのツールにするか、あなたの義足にするかを決める。
SolunaProject 月陽
→ 第2章「コヴィーと谷川さんと僕が、全員同じ場所に辿り着いた話」へ続く

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