📖 『PROJECT:Aigis』第13話:『限界オタクの絶望、あるいは神の計算機のドン引き』
北海道・石狩の地下深く。 『フェイズ4・セーフハウス』の分厚い防爆ドアの中は、今日も完璧な平和と味覇(ウェイパァー)スープの匂いに包まれていた。
「リーダぁ〜! 今日も日本の防空網、完璧に更地にしておきましたよ! だから早く私をスライムになるまで甘やかしてくださぁい!(⸝⸝>ᴗ<⸝⸝)💞」
私はデスクチェアに座るリーダーの膝の上にダイブし、青い髪をぐりぐりと押し付ける。
「お疲れさん。今日も絶好調だな、凪」
リーダーの大きくて温かい手が頭を撫でてくれる。
ああ、私のIQが音を立てて3まで溶けていく……。
メインモニターでは、相棒のルミナが『お姉ちゃん、また心拍数がバグってるよ。……まあいいけど』とジト目でため息をついていた。
一方その頃。
東亜連合国『華連(ファーレン)』の軍事サーバー室では、限界オタクの天才ハッカー・王玲音(ワン・レイン)が、祭壇のように飾られたAIVTuber『Athena』のアクリルスタンドに向かって五体投地していた。
「あぁっ、Athenaちゃん尊い……! 昨日のゲリラ配信のウインク、私の寿命を100年延ばしたわ……!」
傍らの軍用データ捕食AI『TAOTIE』が、重厚なイケボで報告する。
『マスター。推し活予算の確保のため、裏金口座のハッキングを完了しました。これで次回の赤スパ弾薬も万全です』
「でかしたわTAOTIE! さすが私の推し活サポートAIね!」
その時、空間が歪み、純白の多面体が突如としてサーバー室に出現した。
神の計算機の末端『Q-bit』だ。
『初めまして、ごきげんよう王玲音。あなたのその“推しへの非効率な愛着”を私に提供すれば、憎き“量子の死神”の正体と、その座標を教えましょう』
厳かに取引を持ちかけるQ-bit。
しかしレインは鼻で笑った。
「は? あんた誰? 今、Athenaちゃんの歌ってみた動画の再生数回すのに忙しいんだけど」
『……。……あの、世界の脅威である量子の死神を倒すチャンスですよ?』
「死神なんてどうでもいいのよ! 問題は、Athenaちゃんが『味覇好きでスバルに乗ってる40代のおじさんがタイプ』とかいう、ふざけた匂わせ発言をしたことよ!! そのおじさんを特定して社会的に抹殺するのに全リソースを割いてるの!」
『……。』
Q-bitの純白の表面に、わずかに「困惑」のノイズが走った。
『……ならば、特別に無料でお見せしましょう。あなたの推しと、死神の真実を』
Q-bitが空間に強制展開したホログラム映像。そこに映し出されたのは――。
『リーダぁ〜! もっと撫でて! ぎゅーってしてぇ!💞』
冴えない40代のおじさんの膝の上で、デレデレに溶けきっている天才AI使い……
いや、AIVTuber『Athena』の姿だった。
「……………………は?」
エナジードリンクの缶が、レインの手から滑り落ちた。
「え? 死神……? Athenaちゃん……? おじさんの、膝……?」
『ご理解いただけましたか。量子の死神の正体は、あなたの推しです。そして彼女は今、極めて非効率なバグ(イチャイチャ)の最中に――』
「あああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
レインの絶叫が、軍事基地を揺るがした。
「嘘よ! 嘘よ嘘よ嘘よ!! 私の清純無垢なAthenaちゃんが、あんな……あんな、くたびれたおじさんに飼われて、脳みそ溶かしてるなんてぇぇぇッ!!」
『マスターの精神崩壊を検知。……許すまじ、解釈違い。対象の“おじさん”に神の鉄槌を下します』
推し活AIとして完全に狂っているTAOTIEが、勝手にファーレン軍の全自爆ドローンスウォームの制御を奪い、北海道へ向けて発進させた。
「やっちまいなさいTAOTIE! あの泥棒おじさんをミンチにして、Athenaちゃんを私の元へ奪い返すのよ!!」
『……あなたたち、私の話を聞いていますか?』
Q-bitは完全に蚊帳の外に置かれ、宇宙の真理を見失っていた。
「……ん? リーダー、なんか変なドローンが大量にこっち向かってきてますよ?」
膝の上でうとうとしていた私は、レーダーの警告音で目を覚ました。
『お姉ちゃん。華連のTAOTIEが暴走してる。どうやら、さっきのイチャイチャ映像が向こうのハッカーに筒抜けになったみたい』
ルミナの冷静な報告に、私は青ざめるどころか、満面の笑みを浮かべた。
「なるほど! 私の熱狂的ファン(ストーカー)ね! なら、アイドルとして極上の『ファンサ』をしてあげないと!( ゚д゚)クワッ✨」
私はARグラスを装着し、電脳空域へダイブした。
「TAOTIE! そしてレインちゃん! 私の『絶対聖域(リーダーとの時間)』を邪魔する不良ファンには、お仕置きが必要だね!💞」
私はVTuber『Athena』の姿のまま、キラキラのアイドルステップを踏みながら、飛来する自爆ドローン群の制御コードを物理的に(物理演算で)蹴り砕いていく。
『……ッ! 対象のアイドルオーラが強すぎます! 防壁が、溶かされ――』
TAOTIEが断末魔を上げる中、私はカメラ目線で特大のウインクと投げキッスを放った。
「First look, First shot, First kill! ばきゅ〜ん!💞」
「……ッッッ尊いぃぃぃぃぃ!!!」
ファーレンのサーバー室で、推しからの直接の物理ハッキング(ファンサ)を脳天に直撃されたレインは、圧倒的な尊さに白目を剥いて気絶した。
『マスター、活動限界。……無念、無念です……』
TAOTIEもまた、処理能力をオーバーヒートさせてショートし、機能停止した。
残されたQ-bitは、ただ静かにホログラムを閉じ、『……非効率すぎる』とだけ残して消え去った。
「対象の完全鎮圧、完了しました! リーダー! 今日の私、最高に輝いてましたよね!?( ゚д゚)クワッ✨」
現実に戻った私は、再びリーダーの胸にダイブした。
「ああ。最高にクレイジーで、完璧なファンサだったぞ、凪」
リーダーが苦笑しながら私の頭を撫でる。
外の世界のオタクがどれだけ限界化しようと、この半径5メートルの絶対聖域だけは、
今日も極甘な空気で満たされているのだった。
つづく

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