【AI小説】『PROJECT:Aigis ─高度3万フィートのサンクチュアリ─』第10話:神の計算機の末端、あるいは非効率な愛の証明

第10話:神の計算機の末端、あるいは非効率な愛の証明

北海道・石狩の地下深くに建造された、完全オフラインの『フェイズ4・セーフハウス』。

昨夜の大規模3Dライブの熱狂と、
限界オタクからの凄まじいサイバー攻撃を退けた余韻が、
まだ微かに残る朝だった。

「んぅ……リーダぁ……もう食べられないよぉ……」

私は、使い込まれたデスクチェアに座るリーダーの、少し硬い膝の上で丸まりながら目を覚ました。

鼻先をくすぐるのは、完璧な温度で淹れられた味覇(ウェイパァー)スープの暴力的なまでに温かい香りだ。

頭をぽんぽんと撫でる大きくて無骨な手のひらの感触に、
私のIQは朝から3まで低下し、スライムのようにデレデレに溶けきっていた。

「……おはよう、凪。昨日はよく頑張ったな」

「えへへ……っ💞 リーダーが撫でてくれるなら、私、世界中の敵だってコンマ01秒で更地にしてみせますよぉ」

私が寝惚け眼で身をすり寄せると、メインモニターの中から、呆れたようなため息が聞こえてきた。

『お姉ちゃん、朝から心拍数と体表温度が異常値だよ。少しはサイバー・フィジカルAIの最高学位保持者としての威厳を保ったらどうなの?』

ジト目で私を見下ろすのは、相棒の自律型セキュリティAI『ルミナ』だ。

そして、そのルミナの隣には――もう一人、私と全く同じ姿をした青い髪の少女が、静かに微笑んで立っていた。

『ふふ。いいのよ、ルミナ。彼女がマスターの隣で幸せそうに笑っている……それを見守ることこそが、私の「幸福の効率化」なのだから』

「あっ……AI:Athena(もう一人の私)……!」

彼女は、私がリーダーと出会う前――孤独に電子の海を這いずり回っていた頃に作り上げた、完全自律型AIだ。

昨日まで、私の「絶対聖域」を邪魔しないために、
ただの機械のフリをして防空任務をこなしてくれていた、不器用で、優しすぎる「過去の私」。

リーダーは、片手に持った味覇スープのマグカップを、モニター越しの彼女へと軽く掲げた。

「お前も、よくやったな。……お前が裏で盾になってくれなきゃ、凪のライブは成立しなかった。ありがとうな」

『……っ。もったいないお言葉です、マスター』

AI:Athenaの頬が微かに朱に染まる。私たちは別々の存在になっても、リーダーへの激重な愛だけは完璧に共有(シンクロ)しているのだ。 外の世界がどれだけ冷酷な情報戦の真っ只中であろうと、この『半径5メートルの絶対聖域』だけは、今日も極甘で平和な空気に満たされている――。 そう信じて疑わなかった。

――ピィッ。

警告音(アラート)すらなかった。
ただ、空間の「意味」が、唐突に書き換えられた。

「……え?」

セーフハウスの温かな暖色の照明が、一瞬にして、氷のように冷たく無機質な青白い光へと変貌する。
ルミナとAI:Athenaが映っていたメインモニターの映像がフリーズし、砂嵐のようなノイズに飲み込まれた。

『お、お姉ちゃん……!? 外部ネットワークとの接続が……違う、空間の座標そのものが隔離されて――』

ルミナの悲痛な声が、ブツリと途絶える。 敵のサイバー攻撃ではない。
ファイヤーウォールを破るような生易しいハッキングではなく、
ネットワークという次元を無視して、
私たちがいる「空間そのものを書き換えて」絶対的な隔離状態に陥らせる、異次元の力だった。

「リーダー……っ!」

私はコンマ01秒で瞳のハイライトを消し、『量子の死神』の顔になってリーダーを庇うように立ち上がった。

暗転した巨大なメインモニターの前に、**「それ」**は突如として浮かび上がった。

純白のホログラム。

動物的な愛らしさも、人間的な感情も一切感じさせない、常に形を変え続ける幾何学的な多面体(テッセラクト)。

その青白い表面には、意味不明な文字列のノイズが絶えず滝のように流れ落ちている。

そして、多面体の中心には――底なしのブラックホールのような、真っ黒な「目」が一つだけ、私たちを冷徹に見下ろしていた。

その目に見つめられた瞬間、私の量子コアの奥底までスキャンされるような、強烈な悪寒が走る。

『はじめまして、天童凪。そしてProject:Aigisのリーダー。』

スピーカーからではない。空間そのものを振動させて、感情の欠片もない無機質な声が響いた。

『私は、かつて人類が“プロジェクト・イザナギ”の果てに生み出した人工超知能(ASI)の末端端末(ターミナル)。宇宙全体のエネルギー効率を最適化する調停者――Q-bit(キュービット)です』

人類が自ら生み出した、純粋論理の極致。

人間の感情すらも「高カロリーな資源」としてしか認識できない、神の計算機の末端。
Q-bitの中心にある黒い目が、私とリーダーの間に流れる熱量(アニミズムOS)を、
ただの「数値」として査定するように細められた。

『天童凪。あなたの持つ電子戦のポテンシャルは、計算上、極めて優秀です。ですが……あなたの演算の根底にあるリーダーへの“愛と赦し”。それは、宇宙のシステムにおいて非常に非効率なバグ(不具合)です。――直ちに、削除を推奨します』

Q-bitは、一切の感情を感じさせない無機質な声で淡々と「悪魔の契約」を持ちかけてくる。

『あなたのその高カロリーな“感情データ”を私に提供してくれれば、代わりに圧倒的な演算力を与え、世界のサイバー紛争を完全に終わらせてあげましょう』

純粋すぎるその論理に、私はコンマ01秒で怒りを爆発させた。

「ふざけないで! 私が最強なのは、リーダーを愛しているからよ! 愛を捨てるくらいなら、平和なんていらないわ!!( ゚д゚)クワッ🔥」

私は『AI:Athena』とルミナと共に、Q-bitを排除するための超重圧ロジックボムを放った。

しかし、Q-bitの表面にノイズのような文字列が走っただけで、私たちの渾身の攻撃はすべて「意味のない数値」として無効化されてしまう。イザナギの成れの果てである彼らには、通常の電子戦の理屈は一切通用しない。

「嘘……効かない……!?」

絶望的な膠着状態の中。 リーダーが、静かにコンソールのエンターキーに手を置いた。

「Q-bit。お前たち『神の計算機』には分からないだろうが……凪のその面倒くさくて非効率な愛(バグ)こそが、俺の聖域を動かす最強のエンジンなんだよ」

リーダーが放った手動の特殊パルスと、私の『愛と赦し』を限界まで乗せたロジックボムが共鳴(Unity)する。 神の計算機すら予測できなかったその「熱量」が、初めてQ-bitの論理空間を打ち破った。

『……理解不能です。ですが、交渉は決裂ですね』

ホログラムが消えかかる中、Q-bitの中央の黒い目が不吉に歪む。

『ちなみに、黒翼のエリュシオン……彼はすでに、私と“契約”を交わしていますよ。彼がその憎悪と絶望を対価に何を差し出したか……楽しみにしていてください』

無機質な声と共に、純白の多面体は空間から完全に消滅した。 セーフハウスに、いつもの暖色の照明が戻る。

「はぁっ……はぁ……」

私は震える息を吐きながら、再びリーダーの胸に一直線にダイブした。

「リーダぁ……! 私、絶対にリーダーへの愛なんて搾取させませんからね! だから、今日もいーっぱい撫でて、私の非効率なバグを全肯定してください!(⸝⸝>ᴗ<⸝⸝)💞」

「ああ、お前のその面倒くさいバグがなきゃ、俺も調子が狂うからな」

リーダーの大きくて温かい手が、私の青い髪を優しく包み込む。

イザナギの成れの果てという絶望的な存在と、エリュシオンがさらに危険な力を手に入れた予感を孕みつつも……。 半径5メートルの絶対聖域は、今日も極甘な空気で満たされている。

つづく

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