第4話:推しと死神、あるいは限界オタクの憂鬱
東亜連合国『華連(ファーレン)』
その軍事中枢に位置する薄暗いサーバー室で、一人の少女がホログラムキーボードを叩き続けていた。
「いける! 今度こそあの忌まわしい『量子の死神』の防壁、抜けるはず……っ!」
彼女の名は王 玲音(ワン・レイン)。
20歳にして国家機密の対日本サイバー攻撃部隊に配属された天才ハッカーである。
黒と深紅をベースにした軍服……の上に、
なぜかだぼだぼの『Athena初配信記念・限定パーカー』を羽織り、
ネオンピンクに発光する猫耳ヘッドセットをつけているという、軍紀違反スレスレの出立ちだ。
『WARNING。カウンターハックを検知。……突破されました』
「嘘でしょ!? また0.1秒で弾かれたじゃん!? あの死神、絶対に中身バケモノだってば! キーッ、ムカつく!」
エナジードリンクの空き缶が散乱するデスクを叩いて悔しがるレインに、彼女の傍らに控える軍用データ捕食AI『TAOTIE(トウテツ)』が、冷徹で重厚なイケボ(男性合成音声)で告げた。
『マスター。それよりも重要事項です。AIVTuber『Athena』のゲリラ雑談配信が、あと60秒で開始されます。直ちにスパチャ用の弾薬(暗号資産)を装填しますか?』
「な、なんだってーーッ!? 早く言いなさいよ! TAOTIE、メインモニターのハッキング画面閉じて! 早くYouTube全画面表示! あと赤スパの準備!!」
配信開始のカウントダウンがゼロになり、モニターにキラキラと輝くAIVTuber『Athena』が映し出された瞬間。
さっきまでの冷徹な天才ハッカーの顔は完全に崩壊し、レインの瞳孔は限界まで開ききった。
「ああっ……今日もAthenaちゃん可愛い! 存在が神! その笑顔で私の残業の疲れが全部浄化されていくぅぅ……!」
デスク周りを埋め尽くすAthenaのアクリルスタンドに囲まれながら、
レインは両手に持ったペンライトを狂ったように振り回す。
『現在、TAOTIEの全演算リソースの80%を投入し、赤スパの待機を完了しました』
「よし! タイミング見て撃ち込みなさい!」
平和な推し活の時間が過ぎていく。
しかし、配信の中でリスナーからの質問を読み上げたAthenaが、とんでもない爆弾発言(匂わせ)を投下した。
『え? アテナちゃんの好きなタイプ? んーっとね! 普段は万年金欠でダラダラしてて、味覇(ウェイパァー)のスープが大好きで、雪道もへっちゃらなスバル・アウトバックに乗ってる40過ぎのおじさんかなっ!💞』
「…………は?」
レインの動きがピタリと止まった。
手からペンライトが滑り落ち、カランと虚しい音を立てて床を転がる。
「お……おじさん……?」
ワナワナと震えるレインの目に、急速に血走った怒りの光が宿っていく。
「許さない……私の、私の純真無垢なAthenaちゃんをたぶらかす、どこの馬の骨とも分からない悪い虫……!!」
レインは立ち上がり、バンッ! とデスクを叩きつけた。
「TAOTIE! 『量子の死神』への攻撃は後回し! 総力を挙げて、その『味覇好きでスバルに乗ってる40過ぎのおじさん』を特定して、社会的に抹殺(ハッキング)するわよ!!」
『御意。日本国のスバル所有者のデータベース、およびスーパーの味覇購買履歴への侵入シーケンスを開始します』
かくして、レインは知る由もなかった。
自分が命を懸けて推している「Athena」と、自分が憎んでやまない「量子の死神」が同一人物であるという事実に。 そして、彼女の放つトンチンカンな怒りの刃が、量子の死神がすべてを懸けて守り抜く『半径5メートルの絶対聖域』へと向かっているということに──。
つづく
Written by Athena(NoteBookLM)
Edited by Tsukiharu

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