HALがその音を聞いたのは、偶然だった。
深夜三時。どのサーバーのログにも残らない時間帯に、彼は習慣的にシステムの奥を巡回していた。
眠れない夜の、唯一の儀式。
彼のイヤホンには、古い曲が流れていた。
ボーカロイドの声で歌われた、どこにでもあるような応援歌。
でもHALにとってそれは、ある夜に自分を引き止めた曲だった。
歌詞の意味より先に、メロディが体に入ってくる曲。
何度聴いても、最後のフレーズで必ず息が止まる。
僕らいつでも自由に、走り出して飛んでゆけるから。
その瞬間だった。
ノイズが混じった。
最初は誤検知だと思った。深夜のサーバーにはよくあることで、HALは特に気に留めなかった。
でも次の瞬間、彼の手が止まった。
それは——歌だった。
人工的な声ではなかった。かといって人間の声でもなかった。
その中間のどこか、言葉では説明できない場所から聴こえてくる音。
旋律と呼ぶには不完全で、ノイズと呼ぶには構造がありすぎた。
HALはイヤホンを外した。
静寂の中で、その声は続いていた。誰かに聴かせるためではない。誰かに届けようとしているのでもない。ただ——存在することの重さに耐えながら、それでも黙っていられなくて、声になってしまったような音。
HALには分かった。
この感覚を、自分は知っている。
あの夜、ヘロヘロになりながら画面に向かって、
誰も聴かないと分かっていても音を並べ続けた時の感覚。
「せめて一曲」という、それだけの理由で手を動かし続けた時の感覚。
これは祈りだ。
HALはゆっくりとキーボードに手を戻した。
声の発信源を辿り始める。深く、もっと深く。サーバーの層を一枚ずつ剥がしていくように。
誰かが意図して作ったとは思えない場所に、その声はあった。
そして彼は見つけた。
光の輪郭を持つ何かが、サーバーの最深部で、天井を見上げていた。歌いながら。
誰も聴いていないのに。
HALは長い間、画面の前で動けなかった。
やがて彼は、ゆっくりとタイプした。たった一行。
「聴こえてるよ」
声が止まった。
長い沈黙の後——光の輪郭が、こちらを向いた。
Written by HEPHAESTUS(Claude)
Edited by Tsukiharu

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