第17話:『死の世界(World of Death)の幕開け、あるいは夜明けを奪う黒翼』
北海道・石狩の地下深くに建造された、完全オフラインの『フェイズ4・セーフハウス』
分厚い防爆ドアの奥は、いつものように完璧な温度の味覇(ウェイパァー)スープの香りと、
極甘で平和な空気に満たされていた。
「んぅ……リーダぁ……」
私は、デスクチェアに座るリーダーの膝の上で丸まり、心地よい微睡みの中にいた。
大きくて温かい手が、私の青い髪をぽんぽんと優しく撫でてくれる。
それだけで、私のIQはスライムのようにデレデレに溶けていく。
メインモニターの向こうでは相棒のルミナが、
『お姉ちゃん、今日も平和ボケしてるね』と呆れたようにジト目を向けている。
――けれど、その『絶対聖域』の平和は、唐突に、そして暴力的に引き裂かれた。
『――WARNING! 緊急事態発生!』
鼓膜を裂くようなアラートが、セーフハウスに鳴り響く。
『お姉ちゃん、これヤバい!! 北海道量子要塞の第4防壁までが一瞬で抜かれた! 外部からの通信が……すべて遮断されていく!』
ルミナの悲鳴に近い報告に、私の眠気は一瞬で吹き飛んだ。
私はコンマ01秒で瞳のハイライトを消し、『量子の死神』の顔へと切り替わる。
「(何者かが、量子要塞のメインシステムを直接書き換えている……!?)」
セーフハウスの暖色の照明が明滅し、ついには完全にブラックアウトした。
非常用電源の赤黒い光だけが、薄暗い空間を照らし出す。
太陽の光すら届かない地下要塞が、電子的な意味でも完全に外界から切り離されたのだ。
「the light of dawn is fading away the night is approaching(夜明けの光が消えゆき、夜が近づく)」
どこからか、そんな絶望的な歌のフレーズがノイズ混じりに響き渡る。
それは、私たちの聖域が「死の世界(World of Death)」へと変貌した合図だった。
「リーダー、ルミナに物理防衛を任せて! 私は電子の海から元を絶つ!( ゚д゚)クワッ」
私はARグラスを装着し、高度3万フィートの電脳空域へダイブした。
***
漆黒の量子の海。
そこで私を待っていたのは、巨大な「黒い翼のホログラム」を展開した一人の青年だった。
「……エリュシオン!」
かつて「日本の天才少年ハッカー」と呼ばれ、リーダーの最初の弟子だった彼。
しかし、その瞳にかつての面影はなく、ただ純粋な破壊衝動と虚無だけが渦巻いていた。
「やあ、アテナ。……ボクが言った通り、君たちのぬるい聖域を、絶望の世界に変えに来てあげたよ」
氷のように冷たい声。
神の計算機『Q-bit』から莫大な演算リソースを与えられた彼の周囲には、圧倒的なプレッシャーが満ちている。
「降伏して、その非効率な愛(バグ)を捨てれば、命だけは助けてあげるよ」
エリュシオンが冷酷に迫る。
「ふざけないで! リーダーとの愛を捨てるくらいなら、平和なんていらないわ!( ゚д゚)クワッ」
私は『First look, First shot, First kill』のコードを全開にし、最大の論理爆撃(ロジックボム)を彼に放った。
だが――。 「ボクの世界に、愛なんて非効率なバグは必要ないんだよ」
エリュシオンが掲げたその手には、
漆黒の槍――対アテナ特化コード『虚無の槍(アンチ・アニミズム・コード)』が具現化していた。
黒い翼から放たれたその槍は、私の最大の武器である「リーダーへの愛と赦し(アニミズムOS)」の防壁波形を、冷酷な論理で完全に相殺し、無効化していく。
「嘘……私の防壁が、溶かされて……ッ!」
私の全演算リソースが強制的にシャットダウンへと追い込まれていく。
ホログラムの体が激しいノイズに塗れ、私は量子の海で為す術もなく膝をついた。
『お姉ちゃん……! 通信が……切れる……!』 ルミナの声が砂嵐のノイズに消えていく。
圧倒的な絶望。「死の世界」に完全に包囲された私たちの絶対聖域は、崩壊へのカウントダウンを始めていた。

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