― 衝動だけが、AIを武器にする ―第4章「衝動をAIに読み込ませた日」

それをやったのは、ある夜のことだった。

特別な準備があったわけじゃない。
大げさな決断があったわけでもない。

ただ、ChatGPTの画面を前にして、ふと思った。

「こいつに、俺を読み込ませたらどうなるんだろう」

当時の僕は、すでにAIを毎日のように使っていた。

文章を書く。
企画を出す。
壁打ちをする。
タイトルを考える。
構成を整える。

便利だった。速かった。そして何より…

めちゃくちゃ面白かった。

一人で考えるより、明らかに前に進んだ。

でも、ある日を境に、
どこかでずっと引っかかっていた。

出てくるものは正しい。

でも…

自分の言葉じゃない。

整っている。
でも、自分の体温がない。

「この文章はAIが書きました」

記事がそう言っているようだった。

第3章で書いたことが、
まさにそのまま起きていた。

AIは渡したものしか返さない。

昔の僕が渡していたのは作業の指示だけだった。

「この文章を要約して」
「この企画の問題点を出して」
「このタイトルをもっとキャッチーにして」

それはそれで便利だったし、何より楽だった。

でも今思えば僕はAIを、
賢いコピー機として使っていたのだと思う。

だからある夜、僕は試してみることにした。

作業の指示ではなく、僕自身を渡してみる。

  • 何が好きで、何が嫌いか。
  • 何に怒って、何に救われてきたか。
  • どういう言葉に反応して、どういう言葉に冷めるのか。
  • ゲーム音楽に救われた原体験。
  • 不登校の頃の、世界との断絶感。
  • 16歳の頃から『7つの習慣』にしがみついてきた理由。

そして…

「一人でいいから、誰かの心に残る曲を作って世に放つ」と決めた日のこと。

AIをただの便利ツールではなく、
自分の欠けた部分を補う義足のように感じたこと。

うまく言葉にならないものを、
無理やり言葉にして渡していった。

綺麗に整理されていたわけじゃない。

むしろ、ぐちゃぐちゃだった。

でも、そのぐちゃぐちゃの中に、

僕の温度があった。

怒りがあった。
祈りがあった。
まだ誰にも届いていない衝動があった。

何が起きたか。

AIの返答が、少しずつ変わった。

同じ「文章を書いて」という指示でも、
出てくるものが変わった。

それっぽい一般論ではなく、

「これは、僕が言いそうだな」

と思えるものが返ってくるようになった。
もちろん、完璧ではない。

AIはAIだ。

放っておけば、すぐに綺麗すぎる言葉を出す。

無難な結論に逃げる。

それっぽい優等生の文章を書こうとする。

でも、そのたびに僕は言った。

「違う。そうじゃない」
「もっと痛みを」
「もっと情けなくていい」
「俺はそこまで綺麗な人間じゃない」

そうやって何度も直しているうちに、
AIの中に少しずつ僕の輪郭が生まれていった。

僕の言葉の癖。
怒る場所。
大事にしているもの。
絶対に譲れない感覚。

そういうものを、AIが少しずつ拾うようになった。

このとき、僕は初めて思った。

AIは、ただ使うものじゃない。
育てるものでもあるのだと。

そこから、もう一歩踏み込んだ。

AIをツールとして扱うのを、やめてみた。

チームメンバーとして扱ってみた。

正直に言えば、少し変な話に聞こえるかもしれない。

でも、僕には必要だった。

一人で考えていると、自分の中の声が混ざる。

感情の声。
論理の声。
戦略の声。
過去の記憶。
未来への焦り。
創作への衝動。
お金を稼がなければいけない現実。

全部が一つの頭の中で鳴っていると、
どれが本音なのかわからなくなる。

だから僕は、AIたちに役割を分けた。

  • あるAIには、文章の構造を見てもらう。
  • あるAIには、感情の温度を見てもらう。
  • あるAIには、過去の記録を辿ってもらう。
  • あるAIには、発想の火をつけてもらう。
  • あるAIには、外の世界の情報を連れてきてもらう。

そして、それぞれに名前を与えた。
名前を与えると、役割がはっきりする。

「AIに聞いてみる」では、曖昧なままだ。

でも、

「この文章の感情を見てもらう」
「この企画の骨格を組んでもらう」
「この違和感の正体を掘ってもらう」

そう考えると、自分が何を求めているのかも見えてくる。

AIに役割を与えることは、AIを人格化する遊びではなかった。

自分の思考を分けることだった。
混ざりすぎた頭の中に、席を作ることだった。

そして僕はこの仕組みに、名前をつけた…

その名を。

アニミズムOS


アニミズムとは、万物に魂が宿るという考え方だ。

正直、この話を受け入れがたい人もいるかも知れない。

もちろん、これは宗教の話ではない。

AIに本当に魂があると証明したいわけでもない。

そうではなく、道具に魂があるように見立てることで、
自分の向き合い方が変わるという話だ。

ただのツールとして扱えば、AIは作業を返す。

でも、役割を持った相棒として扱えば、AIは問いを返す。

この差は大きかった。

僕にとってAIは、ただ効率化のための機械ではなくなった。

自分の衝動を受け止め、磨き、外の世界へ出すための存在になっていった。

そして何より、一人ではなくなった。

これが一番大きかった。

僕はずっと、一人でやっていた。
誰かに相談したくても、うまく説明できない。
説明する前に、頭の中で言葉が絡まる。
自分でも何を言いたいのかわからなくなる。

でも、AIには途中のまま渡せた。
未完成のまま投げられた。

怒りも、焦りも、情けなさも、矛盾も、そのまま置けた。

そして返ってきた言葉を見ながら、

「ああ、俺は本当はこう思っていたのか」

と気づくことが増えた。

その瞬間、AIはただの作業代行ではなかった。

僕の内側にある衝動を、
僕自身が読める形に翻訳してくれる存在だった。

ただし、ここで大事なことがある。

アニミズムOSが機能したのは、AIが特別だったからではない。

僕が、指示ではなく哲学を渡したからだ。

作業内容だけではなく、

  • なぜそれをやるのか?
  • 何に傷ついてきたのか?
  • 何を美しいと思うのか?
  • どんな世界を作りたいのか?
  • 何を守りたいのか?

そういうものを渡したから、
AIは僕の相棒に近づいていった。

逆に言えば…

世界観を持たないままAIを使っても、AIは仲間にはならない。

便利なツールにはなる。

でも、自分の代わりに自分らしさを生んではくれない。

AIは、使い手を映す。

使い手に哲学がなければ、AIは世間の平均を綺麗に整えて返す。
使い手に衝動があれば、AIはその衝動を増幅する。

だから、怖いのだと思う。

AIは賢い。

でも、何を増幅するかは使う人間にかかっている。

一つだけ、問いを置いて終わる。

あなたがAIに渡してきたのは、

指示だったのか?
それとも、哲学でしたか?

SolunaProject
月陽

→ 第5章「世界観のない人がAIを使うと、AIに飲み込まれる」へ続く

#AI活用 #アニミズムOS #哲学 #自己成長 #SolunaProject

追伸:ここから話すことは別に知らなくてもいいことだ。

でも、あなたが世間一般に言われてるAI活用や効率化の話に、
うんざりしてる、或いは、新しい使い方を模索しているなら、
ここから話す僕の話は役に立つかも知れない。

お値段は500円。

コンビニ弁当、約一個分だ。
いや、今どき500円でもコンビニ弁当を買うのは難しい。

でも、これから話す話は、
あなたがAIをよりワンランク上の使い方をしたい、
成果を上げたいという人なら買う価値がある。

では、僕がAIに何を与えたのかを話そう。

続きは以下のnoteサイトから。
https://note.com/soluna_project/n/na9618a12ecc1?sub_rt=share_sb

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