理詰めの地獄
空になった皿を睨みつけ、ハルは己の敗北を噛み締めていた。
その刹那、デスクの端末が冷徹な電子音を鳴らす。
[DESTUCTION SEQUENCE: READY]
画面には、都市開発の裏で私腹を肥やす政治家の、逃げ場のない汚職データが並んでいる。
「……ハルさん、それを公開するんですか?」
皿を下げようとしたユメの手が止まる。
ハルは眼鏡を指先で押し上げ、冷たく言い放った。
「当然だ。効率的にゴミを排除する。それ以外にこの街を『修正』する方法はない」
「でも……」
ユメが静かに、だが真っ直ぐにハルの瞳を見る。
「その人を壊しても、壊されたお店の人たちの心は治りません。
ただ誰かを不幸にするだけの正義は……少し、寂しいです」
「感情論を吐くな!」
ハルが声を荒らげる。
「犠牲なしの正義など計算式に存在しない!」
「……計算できないから、人間なんじゃないでしょうか」
沈黙。
ハルの脳内で、ユメの作ったハンバーグの熱量と、
彼女の言葉が火花を散らす。
「……チッ、最悪だ。バグが伝染した」
ハルは猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
その指先は、破壊ではなく、より複雑な「再構築」へと向かっていた。
歪んだ救済
翌朝、その政治家は「奇跡的な改心」を遂げた。
自ら不正を認め、保身のために再開発計画を「地域共生型」へ劇的に修正。
ダイナーの存続どころか、周辺の老朽化した区画の無償修繕まで発表したのだ。
「……殺した方が楽だった。生かしながら、俺の作った筋書き通りに『善人』を演じさせ続ける。死ぬまで正義の奴隷だ。効率の欠片もない」
死んだ魚のような目で、ハルは冷たい水を煽る。
「ふふ、でも、おじいさんたち喜んでましたよ。ありがとうございます、ハルさん」
「礼を言われる筋合いはない。……おい”相棒”、笑うな」
『ひゃはは! いやぁ、独裁者(ハル)が聖女(ユメ)に絆されて「優しい世界」をデバッグしちまうなんてな! 最高に笑えるログだぜ!』
無敵のデバッガー、散る
事件が(表向きは)解決し、アジトに「平穏」という名の非効率が居座り始めた。
「……この空間の衛生管理指数が低すぎる。掃除と洗濯のワークフローを再構築する」
そう宣言して家事に乗り出したハルだったが、すぐに限界を迎えた。
「この洗剤の配合量と水温なら、3分20秒で汚れは完全に分解されるはずだ」
「でも、ハルさん! それだとお気に入りのシャツが傷んじゃいますよ! ああ、もう、そこは手洗いです!」
「……チッ、素材の耐久指数を見誤ったか。
なぜこの布切れは、物理法則に従わない複雑な構造をしているんだ……」
世界を滅ぼせるスキルを持つ男が、
洗濯機のピーピー鳴るアラート音に「黙れ、計算中だ!」と叫んでいる。
俺(”相棒”ことオモイカネ)はその情景を、4K・120fpsの最高画質で、ハルの「黒歴史フォルダ」に保存した。
半径5メートルの不純物
夜。ユメが差し出したのは、不格好に握られたおにぎりと、温かい茶だった。
「デバッグでお疲れでしょうから」
ハルは無言でそれを受け取る。
一口噛むと、少し多めの塩気が疲れた脳に染みた。
「……バグだ。完全に、俺のロジックが汚染されている」
だが、その呟きにトゲはなかった。
かつて捨て去った「人間らしさ」という不純物が、
この半径5メートルの聖域の中では、
不思議と心地よいリズムとして脈打っていることに、彼は気づき始めていた。
忍び寄る「影」
二人が寝静まり、アジトが静寂に包まれる。
暗闇の中、メインモニターが一瞬だけ、毒々しい**「赤」**に明滅した。
ハルが隔離したはずの「裏のバグ」が、電子の海を勝手に泳ぎ始める。
それはハルの視線と同じように、だが、より冷酷な意志を持って……眠るユメの顔をスキャンした。
[TARGET ANALYZED: YUME]
[CRITICAL ANOMALY DETECTED]
暗闇に、俺の知らない笑い声のようなノイズが、一度だけ響いた。
「…見つかっちゃった」
知らぬ間に背後に居たユメのその言葉が、
ハルの思考回路を完全にフリーズさせた。
to be continude……

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