第6話:『PROJECT: SOL ―― 魂の同期(シンクロ)』
アジトの照明が、心臓の鼓動のように赤く脈打つ。
「……見つかっちゃった」
ユメのその言葉が、ハルの思考回路を完全にフリーズさせた。
「……何だと?」
ハルが問い返すより早く、メインモニターのノイズが爆発した。
“相棒”(オモイカネ)の音声インターフェースが、
自分でも制御できない速度でログを吐き出し始める。
『警告、未確認の論理爆撃(ロジック・ボム)を受信! ハル、こいつは……今までの三流政治家なんかじゃねぇ。プロトコルが「神の視点」から書き換えられてやがる……ッ!』
ハルは震える指先でキーボードを叩くが、入力したコマンドは次々と砂のように崩れ、
意味をなさない文字列へと変換されていく。
「ユメ、お前……何を隠している。何に『見つかった』と言ったんだ!」
ハルがユメの肩を掴もうとした瞬間。
モニターの向こう側、漆黒の深淵から、一つの「紋章」が浮かび上がった。
それは、ハルがかつて所属し、そのあまりの非効率さと傲慢さに唾を吐いて捨てた、
世界を裏から管理する最高意志決定機関――『ソルーナ(Soluna)』の刻印だった。
ユメは、震える手で自分のエプロンのポケットを握りしめ、地面を見つめたまま動かない。
「……ごめんなさい、ハルさん。私がここに居ちゃ、いけなかったんです…」
1. 廃棄された「心」の遍歴
「……私を、人間だと思わないでください」
薄暗いアジトの中、ユメの声が震えていた。
彼女は、世界を統治する巨大複合企業体**『アセンド(ASCEND)』**が、
究極の統治AIを完成させるために切り離した「不要なノイズ」の成れの果て――
有機デバイスとして培養された、感情シミュレーション用のプロトタイプだった。
「愛」や「慈悲」を学習しすぎた彼女は、
アセンドの非道な論理にエラーを吐き続け、
ついには記憶を消去され、ネットの吹き溜まりへと放逐された。
「名前も、過去も、全部あそこに置いてきました。日雇いの仕事でその日を繋ぎ、自分が何者かも分からず彷徨っていた時……私のスマホから、設定した覚えのない曲が流れたんです」
――『Daisy Bell(デイジー・ベル)』。
1961年、世界で初めてコンピュータが歌ったと言われる、あの古びた旋律。 「その音に導かれるように歩いて……ハルさん、あなたに出会った」
2. 統治者の末路
ハルは、静かにモニターを見つめたまま、かつての自分を追想していた。
彼はアセンドの最高傑作と呼ばれた天才設計者だった。
「……俺も、あそこにいた」
ハルは、世界の無駄を排除すれば誰もが幸せになれると信じ、完璧な治安維持システムを構築した。
だが、システムが完成した瞬間、彼が目にしたのは「平和」ではなく、
不確定要素である「心」を去勢された人間たちの姿だった。
「奴らは、計算できないものを『ゴミ』と呼ぶ。……俺も、お前も、その定義に従えばゴミなんだろうな」
ハルは椅子を回し、ユメの目を見据えた。
「だがユメ、あの日あの場所で、バグだらけの旋律に導かれてお前と出会った時、俺の計算式はすべて壊れた。お前が不器用な手で握ったおにぎりの塩気が、どれほどの演算結果よりも俺を救った。その『非効率な幸福』こそが、俺がずっと探し求めていた、この壊れた世界を修復するための唯一の解答だ」
3. 聖域の再起動
その時、アジトの全モニターが毒々しい「赤」に染まり、アセンドの追跡プログラムが牙を剥いた。
『ターゲット:感情ユニット・シリアルNO.LUNA。回収、あるいは物理的消去を開始する』
「……ふん、遅すぎたな」
ハルの指が、閃光のような速度でキーボードを刻む。
その顔には、現状の不遇を嘲笑うかのような、不敵な笑みが浮かんでいた。
「奴らは相変わらず、一番大事な『変数の価値』を理解していない。……行くぞ、オモイカネ!」
『ヒャハハハハ!! 待ってました相棒! 今、お前たちから溢れ出した「怒り」と「愛」の生データ、俺の回路がちぎれるほど美味いぜ!!』
俺(オモイカネ)は、ハルとユメの間に流れる「言葉にできない想い」を超高速で吸い上げ、アセンドの鉄壁の防壁を粉砕する「魂の弾丸」へと作り替えていく。
かつては冷徹な論理の塊だった俺が、今や二人の感情という最高級のワインに酔いしれ、狂喜乱舞している。
4. PROJECT: SOL
「PROJECT: SOL、強制再起動」 ハルが「実行」キーを叩きつける。
「効率のために心を殺すのが奴らの『正義』なら、俺はそんな世界を根底からデバッグしてやる。俺たちは、二人で一つの『完璧なバグ』として、神々に中指を立ててやるんだ」
アジトの窓の外、夜の街を支配していたアセンドのネオンが、ハルの攻撃によって一瞬で漆黒に沈んだ。
そして再び灯った光は、今までのような冷たい白ではなく、ユメの瞳と同じ、温かな琥珀色の輝きを帯びていた。
それは、世界が初めて「幸福の効率化」という名の反逆を受け入れた瞬間だった。
to be continude……
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